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ドクターが教える!病気あれこれ

大動脈瘤

大動脈瘤とは?

 動脈硬化という病気により引き起こされる動脈の変化は二通りあります。狭心症や閉塞性動脈硬化症に代表されるように動脈の壁が厚くなり内腔を狭くして血流障害を引き起こすパターンと、大動脈瘤のように動脈の壁が脆弱になり血圧に負けて風船のように膨らんでくるパターンがあります。大動脈瘤になる患者はそのほとんどが高血圧症を持っており、高い血圧に負けて大動脈の壁が膨らんできて大動脈瘤となります。風船と同じで、大動脈瘤は膨らんでくればくるほど破裂しやすくなり、破裂すると突然に大出血を引き起こし、血圧が低下しショック状態となります。

 大動脈瘤という病気の怖いところは、どの場所で発生してもほとんど症状がないまま少しずつ瘤が膨らんでくる点にあります。症状が出てくるのは、破裂しかかっているとき、もしくはすでに破裂してしまったときに強い痛みが突然出現するだけであり、症状が出たときにはもう手遅れになってしまう可能性が非常に高いのです。

 症状がないため、大動脈瘤の発見は、ほかの病気のためたまたま撮影したレントゲンやCT、エコー検査で偶然発見されることがほとんどです。しかし、胸部大動脈瘤であれば単純胸部レントゲン写真で、腹部大動脈瘤であれば腹部エコーで見つけられる可能性が高いため、検診を積極的に受けて、破裂する前にまずはその存在を発見することが大切と言えます。

大動脈の解剖と部位名

 大動脈瘤の分類には、部位による分類、大動脈瘤ができた原因やその壁の状態による分類、形からみた分類があります。部位による分類(図3-1)は、大動脈瘤ができている場所で呼び方をかえます。たとえば、上行大動脈瘤、弓部大動脈瘤などと呼びます。一般的に腹部大動脈瘤というのは、腎臓の動脈(腎動脈)より下でできた動脈瘤のことをさし、胸部下行大動脈から腹部の消化器系組織へ行く動脈が分岐するところまでの腹部大動脈にできた瘤は、一まとめに胸腹部大動脈瘤と呼びます(これは、手術手技の違い、合併症の種類などから、腎動脈下の腹部大動脈瘤とその上にできた大動脈瘤とは大きな違いがあるため、医学的に分けて呼んでおります)。

 瘤の原因から分類すると、通常の大動脈の構造を保ったまま瘤になったものを、真性大動脈瘤と言います。多くの大動脈瘤が真性瘤であります。急性大動脈解離という緊急性の高い大動脈疾患は、慢性期になると、裂けてできた脆弱な壁が少しずつ膨らんで瘤となります。この場合、解離性大動脈瘤と呼び、真性瘤と区別します。解離性大動脈瘤の方が真性大動脈瘤より膨らんでくる速度が速く、破裂する可能性も高いため、より迅速に対応する必要があるためです。大動脈にさまざまな経路で感染が及んで壁が弱くなり、大動脈瘤に変化することがあり、これを感染性大動脈瘤と呼びます。感染のなかでも、昔は梅毒によるものが見られ、梅毒性大動脈瘤(血管梅毒)と呼んでおりましたが、最近では梅毒の発生頻度が非常に低いため、ほとんど見ることはありません。細菌感染による細菌性大動脈瘤の場合、発熱と大動脈の限局性の拡張があり、破裂の危険が非常に高くなる病気です。人工血管置換術を行っても術後に人工血管感染を引き起こしやすく、治療抵抗性の高い病気であります。

 形から分類した場合、一箇所に限局して膨らんでいる動脈瘤を嚢状(のうじょう)大動脈瘤と呼びます。これとは違って、比較的長い範囲で膨らんでくるタイプは紡錘型大動脈瘤と呼びます。嚢状大動脈瘤は紡錘型に比べ一般に破裂しやすいといわれております。

当院での大動脈瘤に対する治療方針

大動脈瘤は一旦形成されてしまうと、その後に血圧コントロールをしても元のサイズにもどることはありません。しかし、発見されたあとでも血圧コントロールをすることにより拡張する速度を遅くすることが可能となり、非常に大切な治療となります。発見されたあとも血圧が高いままであると、どんどん瘤が大きくなり破裂します。

手術のタイミング

 大動脈瘤を治療するには、外科的な治療しかありません。大動脈瘤の部分を人工血管で置換することが原則です。しかし、小さい大動脈瘤では破裂する確率は低いため、破裂するリスクと手術のリスクとを比較し、手術をした方が安全だと考えられる時期に破裂する前に手術をすることになります。手術のリスクは、部位によりことなるため、それぞれの場所の大動脈瘤で手術が必要となる大動脈瘤のサイズが決められております。

 手術適応となる大動脈瘤のサイズは、上行大動脈瘤は5—5.5cm以上、弓部大動脈以下の胸部大動脈瘤、胸腹部大動脈瘤は5.5−6cm以上、腎動脈下腹部大動脈瘤は4.5cm以上としております。これを目安として、各患者の全身状態をかみ合わせて(患者それぞれで手術リスクが違うため)、最終的に手術をすべきかどうか判断します。これより小さい大動脈瘤では半年〜1年ごとにCTなどで注意深く大きさを追跡していきます。血圧コントロールはその大動脈瘤の拡大速度を遅くすることのできる唯一の対応ですので、大切な治療となります。

基本的な手術法

上行大動脈流手術

弓部大動脈瘤手術

胸部下行大動脈瘤手術

胸腹部大動脈瘤手術

腎動脈下腹部大動脈瘤手術

 人工血管で大動脈瘤を置換する場合、一時的に置換する部位の大動脈を流れる血液を止める必要があります。では、上行大動脈瘤を人工血管で置換するために単純にそこの血流を止めたらどうなるでしょうか。脳、全身に血流が行かなくなります。どんなに急いで大動脈と人工血管を吻合しても、5分でできる外科医はいません。両端を吻合するのに20分以上はかかります。病的な血管であればもっと時間が必要です。常温で5分間脳へ血流がいかなくなったら、脳は重大な障害を受け、手術後に目が覚めなくなってしまいます。これでは、大動脈瘤を人工血管に置換しても、日常生活に戻ることはできないため、手術は不成功であります。

 では、どうすれば障害を残さずに人工血管に置換するか、ということが最大の問題となります。現在、一番確実と考えられている方法は、人工心肺循環を用いて、機械で循環を維持しながら、体温を下げて細胞の代謝を抑え、20-30分血流を止めても障害が起きないようにする方法(低体温法)と、脳への血流を人工的にコントロールして血流を絶やさない方法(脳灌流法)の二つがあり、両方を併用することが一般的であります。体温が20度に下がっていると、脳は30分程度血流が途絶えても大きな障害なく回復するといわれています。同様な問題が、脊髄、腹部臓器、腎臓もあり、腎動脈下の腹部大動脈瘤以外の大動脈瘤手術では、体外循環を用いて臓器血流を維持しながら手術をする必要があり、当然手術リスクも高くなります。

 また、大動脈瘤ができるような病的な大動脈の壁は、動脈硬化の変化が著しく、硬く、石灰化していて、触ると崩れてくるような状態であります。動脈瘤の中には壁在血栓と呼ばれる脂のカスのようなものが付着していて手術中に崩れてきます。人工血管に置換して血流を再開するときに、このようなカスが血管内に迷入したら、それは塞栓としてどこかの動脈の血流を途絶えさせます。脳でおきれば脳梗塞を引き起こしてくるため(図3-2)、手術中の塞栓症の問題に細心の注意を払う必要があります。

 上行大動脈瘤では、心臓の大動脈弁、バルサルバ洞、冠動脈の異常をきたしている場合もあるので、その評価、同時手術の必要性、手術中の脳への塞栓の予防が必要です(図3-3)。弓部大動脈瘤では、手術中の脳保護の問題から低体温法、脳還流法の併用と塞栓の予防(図3-4)、胸部下行大動脈瘤では、手術中の脳保護、脊髄保護と、脳塞栓の予防(図3-5)、胸腹部大動脈瘤では、脊髄保護、腹部臓器保護の問題をクリアする必要があります(図3-6)。腎動脈下腹部大動脈瘤だけは単純遮断により人工血管置換が可能であります(図3-7)。

 現在は、手術中のさまざまな工夫により、上行・弓部大動脈瘤の手術リスクは5%以下にまで改善しております。胸部大動脈瘤手術のリスクは5%前後であります。腎動脈下腹部大動脈瘤は、予定手術であれば手術リスクは1%以下であります。胸腹部大動脈瘤手術は、広範囲の大動脈置換、分枝再建が必要であり、手術リスク低下のためさまざまな検討が世界中で今も行われております。

ステントグラフト手術

 ステント(金属の筒)付き人工血管のことをステントグラフトと呼びます。血管内手術で使用する場合と、外科手術で使用して手術侵襲を小さくする場合とがあります。

血管内手術としてステントグラフトを大動脈瘤内に留置(内挿)して大動脈瘤に血圧がかからなくすることで破裂を防ぐ治療です。血管内手術であるため、手術侵襲が非常に小さく済みます。腹部大動脈瘤、胸部大動脈瘤での治療が最近盛んに行われるようになりました。当院でも自作ステントグラフトによる胸部下行大動脈瘤治療を手術リスクの高い症例に限定して開始しました。

 ステントグラフト内挿術の最大の利点は、手術侵襲が非常に小さいため通常の手術には耐えられないような患者にも適応できる点です。しかし、大きな欠点として、大動脈瘤の前後の大動脈に確実に圧着できないと大動脈瘤内に依然として血流が残り、瘤の破裂の危険が残ったり、ステントグラフトの場所がずれて再び破裂の危険が出てくることがある点で、術後も注意深く観察する必要があります。このため、当院では、十分に手術に耐えられる患者には、通常の大動脈置換術をおすすめしております。特に腹部大動脈瘤ではほぼすべての患者が手術に耐えられるため、腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術は行っておりません。

 通常の大動脈瘤手術でステントグラフトを併用する(オープンステント)手術は当院でも行っております。弓部大動脈瘤で下行大動脈近くまで病変が伸びている場合、通常は左開胸手術となり、術後の呼吸器合併症が発生しやすくなり、術後疼痛も長く残りますが、ステントグラフトを併用することで、胸部正中切開手術で終わらせることができるため、前記のような合併症を防ぐことが可能となります。

冠動脈疾患との合併について

 大動脈瘤を持っている患者の約半分の方が冠動脈(心臓を栄養する血管)に何らかの治療を必要とする状態(狭心症)であると言われております。この状態は、急性心筋梗塞を起こしかねない状態ということであります。大動脈瘤手術後の重大な合併症として急性心筋梗塞が挙げられ、手術は上手くいったのに手術後に心筋梗塞を起こして命を落とすということが実際に起こりうるのです。そのため、当院では、大動脈瘤の手術をする患者には、冠動脈造影検査を受けていただき、心筋梗塞を起こしうるかどうか評価し、必要なら、冠動脈バイパス手術などの冠動脈の治療を同時に行なったり、場合により大動脈瘤手術に先んじて冠動脈の治療を行ったりすることもあります。大動脈瘤を持っている患者の冠動脈疾患に対する治療は、当院では、冠動脈バイパス術をお勧めしております。カテーテル治療(ステント留置)を行うと6ヶ月から1年の間強い抗凝固剤を飲まなくてはならず、中止すると、ステント内血栓閉塞の危険が高まります。その間に手術をしようとしたり、破裂して緊急手術になったりすると、出血に対するリスクが非常に高くなってしまいます。冠動脈バイパス手術であれば、確実に心臓の治療を一回で終わらせ、10日もあれば十分次の治療を始められます。上行・弓部大動脈瘤では冠動脈バイパス術と同じ手術創となるため同時に行っております。